兵庫県の軌跡

近畿

兵庫県は生まれてきてずっと過ごしてきた、私の故郷である。

個人的に兵庫県の好きだなって思う部分が、都市,自然,文化のバランスがとても調和された県であると言う事だ。南は瀬戸内海、北は日本海、六甲山や氷ノ山などの山々、神戸という大都市に世界遺産の姫路城など、ここまでバラエティー豊かなな県は他にはないと思う。

何故、兵庫県がここまで多様性に育まれた県なのか?。それは兵庫県がかつては、五か国に分かれていたからである。摂津,播磨,淡路,丹波,但馬は江戸時代までは独立した国だったが、明治時代の廃藩置県で5つの国が1つの県になったのだ。それが、政治的事情で一つの県になった訳で、当然文化とかも違う訳だ。

今回は私が今まで暮らしてきた兵庫県を5つの国と言う視点で振り返ってみたい。

 

摂津国

旧摂津国域は神戸市を中心とした地域。江戸時代までは大阪市なども神戸市と同じ摂津国だったのだが、廃藩置県で別々の府県になった。

兵庫県の人口は約540万人だが、3分の2が兵庫県の南東部にある摂津国に住んでいる。別の都道府県にも言えるが、兵庫県は割と人口が偏っている。

阪神間は、神戸及び大阪のベットタウンなのだが、それぞれの市町村でカラーが異なるのは面白い。尼崎は工業都市、宝塚は元温泉街だったが阪急の都市開発によって劇場への街へと変貌を遂げた、芦屋は日本有数のベットタウン。京阪神は大阪や京都、神戸だけでなく、脇にも物語が存在しているのだ。

神戸市は言わずとしてた兵庫県の県庁所在地はかつては人口150万の大都市だったのが、近年は人口減少が加速しており、遂に150万人割れしてしまった。

神戸市の玄関口駅なのが、「三ノ宮駅」。三ノ宮は関西民にとっては馴染みの地名なのだが、関東民には馴染みがあまりないのかもしれない。何故、神戸駅ではなく三ノ宮駅が市の中心になったのかは、戦後焼野原になった神戸では三ノ宮で闇市が開催され、その過程で街が発展していった事にある。かつての中心地は「新開地」だったので、時代の流れで都心が東にずれていったのだ。

そんな三ノ宮も現在では大規模な再開発が行われて、新しい神戸の街が誕生しようとしている。明石市民としても神戸の発展にはとても期待したい。

神戸市は山と海が隣接した大都市だ。限られてた平地しかない為、高層ビルが非常に密集していて、ビルの多さは名古屋市にも匹敵している。そんな神戸市の楽しみ方は「海から山を見るか」 「山から海を見るか」、にあると思う。

三ノ宮駅から南に約10分歩くと、ハーバーランドへ辿り着く。工場の跡地を再開発された場所で、神戸港の景色を特に満喫できる場所だ。埠頭の先端まで行くと、ポートタワーの背後にそびえ立つ六甲山の構図になる。この、海、都市、山の景観が実に神戸らしい。

次は六甲山系へ行ってみよう。摩耶山はロープウェイやバスを使えば、公共交通機関だけでも山頂まで行く事ができる。山頂からは大阪湾が一望でき、夜になると「100万ドルの夜景」が楽しむ事ができる。

このような楽しみ方もできるのも、山、都市、海が隣接している神戸ならであろう。

そんな神戸市は一般的には港町のイメージが強いが、それはごく一部に過ぎない。

地下鉄に数十分ほど乗ると、巨大なニュータウンが出迎えてくれる。神戸市は限られた土地を利用した大都市。郊外に出ると、山を開拓して開発された巨大ニュータウンがあちこちに点在している。

ニュータウンを歩いていると、山を開拓した名残を感じさせる場所もあり、港町神戸とはまた違った雰囲気を感じれると思う。

さて摂津国巡りも終盤。

三ノ宮から快速に乗って十数分の地にある、須磨は源平合戦の舞台であると同時に摂津と播磨の国境線でもある。一ノ谷の合戦では、騎馬隊からこの山の上から奇襲したと言う伝説が残っているが、明らかに急勾配であり伝説には合理性が無いものと言うのを痛感させられた。

 

播磨国

須磨を抜けると、播磨国に入るがここはまだ神戸市である。

日本一の吊り橋である明石海峡大橋は明石と言う地名から、明石市にあると勘違いしそうになるが、明石海峡大橋が通っているのは神戸市の垂水区である。

舞子駅は明石海峡大橋の真下にある駅。ここに来たなら是非訪れて欲しいのが、舞子海上プロムナードだ。ここは高架の途中までを歩いて見学できる施設で、ガラス越しに明石海峡を見下ろす事ができる。明石海峡の流れは想像以上に激しく、冗談でも泳いで淡路島へ行くなんて言えなくなるだろう。

この明石海峡大橋を越えれば淡路島へと行く事ができるが、その話はまた淡路国の時にするとしよう。

舞子を過ぎれば、明石市に入る。明石駅は新快速停車駅かつ、山陽電鉄とも合流する比較的大きな駅。駅のホームからは子午線135度の地にある天文科学館や明石城などの景色が楽しめる。

明石を訪れたら、「明石焼き」を食べるのは鉄板だ。を降りて、南に向かうと魚の棚に辿り着く。江戸時代からの歴史を持つこの商店街では、明石焼きは勿論、いかなごなど瀬戸内の幸を食する事もできる。

次は明石駅から約25分の姫路へ向かおう。ちなみに兵庫県の東西の移動は、圧倒的に「新快速」の恩恵が大きい。特急並の速度で、兵庫県の主要都市を移動する新快速ははっきり言って化け物である。

それはさておき、姫路駅に辿り着くと、駅のホームからも白鷹の異名で知られている「姫路城」を望む事ができる。私はこの駅のホームから見えるお城と言う構図が大好きだ。時代が移り変わっても、城は街のシンボルで在り続け、変わらない風景がそこにある。今生きている現代もいつか過去になってしまうが、姫路城はこれからの時代を生きる人々にも親しまれ続ける風景であってほしいと思う。

姫路駅は兵庫県最大のターミナル駅だ。山陽本線や神戸線だけでなく、姫新線や播但線も乗り入れしている為、駅の規模は三ノ宮駅を上回る。姫路駅で降りてすぐ、駅のホームには印象的な蕎麦屋がある。「えきそば」は姫路名物の一つだ。戦後間もない時期に限られてた資源で開発された食べ物で、中華そばと和風だしと言う独特の組み合わせが、意外と癖になる。もう一つの名物が「御座候」。小麦粉に餡を包み込んで食べるアレは関西民にとっては御座候しかない。今は物価高で110円になってしまったが、それでも姫路駅に用事があればついつい買ってしまう一品である。

姫路城は圧倒的な美しさに加えて、現存している建造物の多さから世界遺産に認定されている。勿論、城内を見学して姫路城がいかに当時の建築として最先端だったか見てほしいが、姫路城は城外からを見る楽しみがある。

姫路駅を超えて更に西に向かっていくが、岡山県はまだまだ先。たつの、愛生と超えて約30分強、最西端の都市である赤穂市に辿り着く。

赤穂市は赤穂浪士のモデルで有名な場所だ。時代劇を見た事がなくても、赤穂浪士は知っている人は少なくないと思う。

赤穂より先は岡山県だ。かつては、この赤穂から敦賀まで一本で行けたのだから、JR西日本新快速の恐ろしさを感じれる。

 

淡路国

淡路島は関西民の植民地…は言い過ぎかもしれないが、神戸大阪から1時間弱と言う立地の良さから、多くの関西民がこの淡路を訪れる。自分も淡路には年数回ぐらい訪れるぐらいには、この淡路って土地が好きだ。

さて、淡路と言う地名の由来だが、言葉の通り「阿波国への路」を略して「淡路」になる。淡路は畿内と四国を結ぶ重要な道であり、それは今も昔も変わらない。

明石海峡大橋は本土と島を結ぶ、日本最大の吊り橋。明石海峡大橋は淡路島を往来する人だけでなく、四国へ行く人達も利用する。舞子駅からは淡路や四国へ往来する高速バスがひっきりなしにやってくる。明石海峡大橋と鳴門大橋がいかに交通の便の発達に大きく貢献したかを感じれるだろう。

淡路島に上陸した人々の多くが最初に訪れる場所なのが、淡路SAである。

淡路島のお土産は勿論、四国の土産まで揃い、観覧車や明石海峡のオーシャンビューなどここだけで淡路島観光が完結してしまいそうな充実度である。向こうには神戸や明石など見慣れた風景が見えるのに、海峡を越えただけで遠い場所に来たような気分になってしまう。

もう一つの定番スポットが、淡路ICを降りて10分程度の場所にある、淡路花さじきだ。丘陵地に沿って整備された花畑と遠くに見える青い海のコントラストは、誇張しすぎかもしれないが海外のような風景である。四季にとって咲いてる花も異なるので、リピートしても新鮮な気持ちを味わえるのも魅力的だ。

次は南側へ行ってみよう。淡路市は京阪神の影響が強い地域だが、洲本や南あわじの方へ行くと徳島など四国との色も徐々に濃くなっていく。

淡路島の中腹にある洲本市街は淡路島最大の都市だ。アーケード街、イオンモール、お城がある風景はとても島の風景とは思えない。まるで地方の小都市のような風景だ。

また、洲本はドラゴンクエスト生みの親である「堀井雄二」の故郷である。洲本城頂から見える山、都市、海の風景がドラクエを制作する上でのヒントになったのかな?と想像しながら、優雅に大阪湾の景色を眺めていた。

南あわじ市は淡路産玉ねぎの一大産地だ。玉ねぎ畑が一面に広がる田園風景が見れるのも淡路島ぐらいだろう。そんな淡路の玉ねぎの特徴は「甘さ」にある。淡路の玉ねぎを使ったB級グルメとして有名なのが「淡路島バーガー」だ。肉の旨味と玉ねぎの甘さのハーモニーが堪らない。他にも玉ねぎスープなど、淡路の玉ねぎは様々な楽しみ方がある。淡路にきたら、玉ねぎを使った料理を楽しんで欲しい。

 

丹波国

丹波地方へ行くには「福知山線」に乗車してアクセスする。三田市を越えると、一気にローカルな風景に変貌していく。

篠山城下へは、篠山口駅からバスに乗車して向かう事になる。地方だと中心市街地と駅が離れている事は珍しくない。

篠山は江戸時代の面影が色濃く残ってる城下町だ。河原町妻入商家群 御徒士町武家屋敷群と二つの地区がそれぞれ重要伝統的建造物群保存地区に認定されており、武士、商人の暮らしの面影をそれぞれ感じれるのが魅力である。

城下町の中心にある篠山城は天下普請で1609年に築城されたお城。西国抑えの城が篠山城だけでなく、こういうとこにも徳川家康の用心深さを感じれる。

また篠山観光で外せないのが、丹波の黒豆である。激しい寒暖差の気候が、美味しさの秘密で黒豆茶やスイーツとして食べるのがおススメだ。城下街には古民家カフェも多くあり、丹波豆を楽しむなら寄っていきたい。

 

但馬国

但馬国は兵庫県の北部にある地域。県庁所在地の神戸からは100kmほど離れていて、距離で言えば滋賀や和歌山よりも遠い。そして、但馬は屈指の豪雪地帯。積雪量は北陸や東北にも劣らない。そんな兵庫県なのに兵庫県らしくない地域が但馬なのである。

今回は播但線を利用して但馬地方を回ろう。姫路駅から寺前駅までは電化区間だが、寺前駅からは非電化区間になる。ローカル線を乗継しながら、鈍行列車で旅をしていると何気ない景色にも目が向いて日常から少しだけ離れるような気がする。

長い山岳地帯を抜けて生野駅に着いた。ここは生野銀山の最寄り駅。明治時代には全盛期を迎え、生野銀山と飾磨には日本初の舗装路である「銀の馬車道」が整備されるなど、日本経済の核として機能していた。

次は竹田駅にて下車。ここは天空の城で有名な「竹田城」の最寄り駅。10月頃になると、寒暖差によって雲海が発生し条件が揃えば、城が天空に浮いているように見えるのだ。自分も一度だけチャレンジしたが、見事雲海に浮いている竹田城を見る事ができた。一瞬、現実世界に居た事を忘れるぐらいの絶景だった。

和田山駅は播但線と山陰線の合流地点。ホームで山陰本線の列車を待っていると、廃墟が目に付いた。平成初期まで機関庫として使われていた場所で、国鉄時代の名残を感じさせる。昔はあった屋根も剝がれてしまい、朽ちていく風景を見ていると無性に切なくなってしまう。

山陰本線に乗って豊岡駅にやってきた。ここは但馬最大の都市で、駅前には複合施設のアイティが併設されている。駅の近くにはスタバもあり、但馬の中心地としての貫禄を感じさせる。洲本の時にも思ったが、もしかしたら自分地方最大の小都市の空気感が好きなのかもしれない。

豊岡のシンボルとして親しまれているのが、「コウノトリ」だ。コウノトリは一度絶滅してしまったが、市民達が人工繁殖に注力し再びコウノトリの野生化に成功し、今でも夏季になればコウノトリの姿を見る事ができる。

豊岡と言えば城崎温泉だ。この城崎温泉には外湯巡りと言う文化がある。宿にある温泉に浸かるのではなく、温泉街にある7つの外湯を食べ歩きなどを楽しみながら散策すると言う、温泉街そのものが巨大な旅館みたいになっている。

夜のライトアップや冬の積雪時には幻想的な雰囲気を楽しむ事ができるのも、城崎温泉の魅力だろう。

但馬地方はまだ終わりではない。城崎温泉駅を過ぎると、日本海の風景を列車の車窓から楽しめる。山陰海岸は国立公園にも指定されていて、入り組んだ地形が育んだ風光明媚な景色が広がっている。本数は少ないので、計画的に旅程を組まないといけないが途中下車して海をただ眺めながらボーっとする時間をあえてつくってみてほしい。失っていた大事な「何か」を思い出させてくれる気がする。

山陰海岸を踏破すると、鳥取県に突入するが、その話はまた鳥取の時にしよう。