奈良県のイメージを聞いて何を思い浮かべるだろうか。
一つ目は間違いなく「鹿」だろう。奈良公園には野生の鹿が沢山生息しており、人間以上に街に馴染んでいる。 二つ目は「大仏」だろうか。東大寺の大仏は現存している大仏としては日本最大であり、その大きさには何度訪れても圧倒される。 三つ目は……「ダサい」かもしれない。確かに奈良県は京都府のような華やかさはないかもしれない。京都のイメージカラーが「朱色」と「深緑」だとすれば、奈良のイメージカラーは「茶色」だ。平安京に遷都されてから奈良は歴史の表舞台ではなくなり、京都のご近所さんと成り果て、今では大阪のベッドタウンと化している。グルメも「柿の葉寿司」以外はあまりパッとしない。このことは『翔んで埼玉』でもネタにされていたし、やはり地味な印象は否めないだろう。
だが、待ってほしい。奈良の歴史は京都より長いし、京都のような飾り気のない素朴さは唯一無二である。本当の意味で日本の原点に帰ることができるのは、京都ではなく奈良なのではないだろうか。 今回はそんな奈良県の魅力を伝えていきたい。
玄関口「奈良市」へ
奈良県は著名な観光地が多いにもかかわらず、宿泊需要は非常に低い。その要因として挙げられるのは、新幹線駅のある大阪や京都との距離感にある。大阪や京都からは約1時間弱。大阪や京都に連泊すれば、わざわざ奈良でホテルを取る必要がないということだ。また関西民にとっても、奈良は1、2時間で行けるちょうど良い距離感なのだ。自分も奈良は毎年のように訪れるが、奈良で宿泊したことは一度もない。
奈良へアクセスする手段は複数あるが、今回は西日本が誇る私鉄「近鉄」に乗って近鉄奈良駅へ向かおう。生駒山の長いトンネルを抜けると、奈良県へと突入する。大阪市街から生駒まではわずか20分。奈良県民の多くは県境を越えて大阪へ通勤するというが、この近さだと納得してしまう。
奈良市に突入し、奈良公園はもうすぐ。大和西大寺駅を越えると、鉄道が平城宮跡の敷地を走っている。もし寝落ちして、目が覚めた時にこの景色を見たら、列車ごとタイムスリップしたのかと勘違いしそうになるだろう。
近鉄奈良駅に到着した。奈良県最大の乗降客数を誇る駅で、大阪や京都からやってきた日帰り観光客で溢れかえる。地上に降り、奈良公園方面へと向かっていくと、人間界に馴染む鹿たちが出迎えてくれる。 奈良にとって鹿とは神の使い。奈良に限って言えば、人より鹿の方が立場が上なのである。
奈良公園は歴史ある建造物の密度が圧倒的に濃い地域だ。1000年以上の歴史を誇る建造物が至る所にある。中でも代表的なのが「東大寺」と「春日大社」だろう。 東大寺には日本一の大きさを誇る大仏が安置されているが、戦火に幾度か巻き込まれ、現在の大仏殿は江戸中期に再建されたものになっている。 春日大社は朱色が何とも鮮やかな神社だ。森に鎮座しているこの場所は、どことなく神秘的な雰囲気が漂う。森の奥に目を配ると、鹿の姿が静かに浮かび上がった。それは神の使いとして崇められた鹿そのものだった。
奈良公園を一通り観光した後はJR奈良駅へ向かおう。近鉄奈良駅とは1kmほど離れているせいか、観光客で大いに賑わっている近鉄奈良駅とは異なり、少しこじんまりとした感じもある。駅には旧奈良駅舎が隣接している。1934年に建設された、西洋と和が融合したデザインが印象的だ。2003年の高架化に伴い駅舎としての役割は終えたが、市民の強い要望によってその姿を留めている。
まほろば線に乗って、各都市へ
さて、奈良駅からは「万葉まほろば線」に乗って南へ向かっていこう。路線名にもある「まほろば」の由来は、「素晴らしい場所」「住みやすい場所」を意味している。 奈良市街を抜けると、景色は田園風景へと変貌していく。京都は現在でも政令指定都市として京阪神の一角を担う存在だが、奈良市は中核市に留まり、かつて首都だった場所としてはやはり寂しく感じる部分はある。
奈良駅から数十分で天理駅に到着した。天理と言えばあの天理教だ。天理市は街全体が宗教都市になっている全国的に珍しい都市である。そんな天理教の発祥だが、江戸時代と比較的歴史は浅い。 天理教教会本部は一般の人でも見学可能であり、天理教の寛容性を感じさせる一面なのだが、建物が驚くほど大きい。宗教には人を惹きつける力があるのだろう。
天理教本部からさらに東へ1kmほど歩くと、石上神宮(いそのかみじんぐう)に辿り着く。石上神宮は日本最古の神社の一つで、物部氏を総氏神としている。静寂な森の中を歩いていると、鶏が放し飼いされていることに目がいく。石上神宮では鶏が神の使いとして神聖視されており、暁……夜明けを知らせる存在とされているらしい。
石上神宮より先には「山の辺の道」という日本最古の道がある。沿道には万葉集ゆかりの地や古寺、古墳が多くあり、古代のロマンへと誘ってくれる。全長約16km(天理〜桜井間)のコースで、ハイキングにぴったりだ。歩いていると無性に懐かしい気持ちが込み上げてくるのは、DNAにこういった田園風景が刻まれているからだろうか。
数時間ほどのハイキングを楽しみながら、大神神社(おおみわじんじゃ)へと到着した。大神神社は日本最古の神社といわれる。本殿を設けず三輪山を御神体としている神社であり、自然崇拝の原点とも言える。 こうして奈良を回っていると、「日本最古」を至る所で見かける。やはり奈良の歴史の長さは圧倒的で、1000年以上の歴史が紡いできた文化をダイレクトに感じることができるのが、奈良最大の魅力だ。
飛鳥時代の足跡を辿る
奈良の都は平城京だけでない。藤原京も飛鳥時代の都であり続けた歴史的な場所だ。藤原宮跡は大和八木駅から30分ほど歩いた場所にある。 敷地はとても広大で平城京すらも凌ぐとされている場所だが、多くの観光客で賑わう平城宮跡とは対照的に、藤原宮跡はどちらかと言うと地元の人たちにとっての花見の名所といった感じがした。この歴史に埋もれてしまった感じも、自分は好きだったりする。
さらに南側へ歩いていくと、明日香村に入った。明日香村は全域が歴史的風土保存の対象になっていて、昔ながらの景観が広がっている。 あぜ道を走るトラクター、川のせせらぎ、古民家と背後に見える山々……。戦前の日本はこういう景色が普通にあったんだろうなと、無性に懐かしくなってしまった。
明日香村にある飛鳥寺は日本最古の本格的寺院であり、なんと1400年以上の歴史を誇る。こじんまりとしたお寺で、本堂では飛鳥大仏が出迎えてくれる。お寺のすぐ傍には大化の改新の舞台になった場所もあり、明日香村はまさしく日本の原点とも言える村かもしれない。駅から離れているからなのか観光客でごった返すこともなく、奈良は本当に、刻まれていた日本人のDNAを呼び起こすことができる、そんな気がする。
奈良の最果て?「吉野」
日本一の桜の名所を挙げるとしたら、自分は吉野山を挙げたい。 吉野山は「一目千本」と呼ばれるほど山桜が広範囲に広がっている。その模様はまさしく桃源郷と言える。……のだが、吉野山へ向かうまでの道のりは過酷の一言。自家用車なら数時間の大渋滞、鉄道なら通勤ラッシュ並みの混雑列車に1時間以上揺られないと、この吉野山には辿り着かない。 吉野は山頂付近まで1時間以上、緩やかな坂道を歩き続ける。天国への道があるとしたら、こんな風景なのだろうか(人混みは除く)。
さて、吉野山は桜としての印象が強いと思うが、南北朝時代には南朝の拠点だった場所でもある。歴史が違えば、吉野が都になっていたかもしれない。 吉野はその山深いロケーションも相まって、奈良県の最果てっぽい雰囲気を醸し出しているが、実はそんなことはなく、奈良県の真ん中よりやや上ぐらいの位置である。この先は鉄道もなく、公共交通機関のみでのアクセスは困難を極める。 南北の格差というギャップも、奈良県ならではである。

