京都の軌跡

京都は江戸末期まで日本の都だった場所だ。

今でこそ首都機能は東京に移転したが千年以上日本の都であり続けた京都は、歴史的都市であると同時に異なる時代の地層が重なっている都市でもある。数百m歩けば、時代の痕跡が何気ない場所に眠ってるなんて事も珍しくない。

そんな京都と言う都市を回ってみよう。

1 京都駅

現代における京都の玄関口でもあるJR京都駅に降り立った。京都駅は大阪駅をも上回る大ターミナル駅で、その広さに圧倒される。そして、古風なイメージのある京都とは対照的に開放感のある現代的な駅舎が印象的だ。これは新しい物好きである京都人の性格を駅舎にも反映していると言えるかもしれない。

京都駅から歩いて行ける観光地と言えば「東寺」だ。新幹線の車窓からも見える、「五重の塔」があるのもこの場所である。羅生門や西寺は石碑しか残っていないので、平安京の面影を特に色濃く残している場所である。是非、京都駅から歩いて、在りし日の平安京の姿を想像しながた歩いてほしい。

そんな京都駅の南口は八条口と呼ばれているが、この八条と言う地名も平安京の面影を今に伝えている名称なのだ。北の一条から、南の十条まで一定の間隔で、東西の道を結んでいる。なので、一条-十条を覚えていると、もし道に迷っても自分がどの辺りに居るか大体分かるかもしれない。

2河原町 祇園

では、京都駅から北に歩いてメインストリートの河原町まで行こう。

この河原町なのだが、移動が微妙に不便なのだ。地下鉄+阪急か、奈良線+京阪と乗りかえて行くか、路線バスで渋滞を超えながら行くの二択になる。何なら歩いちゃえってなってしまう人も居るかもしれない。

河原町は京都を代表する観光地である祇園の玄関口でもある。四条大橋の下には、鴨川の風景が広がっていて、遠くには北山の風景も見える。繁華街の目の前にこれだけの自然が残っているのも、京都の魅力だろう。

四条大橋を越えて、東山方面へと向かう。近年はインバウンド客が多すぎて、特に祇園界隈はまともに歩けない。祇園の雰囲気自体は好きなのだが、人混みが苦手な自分はここ最近はどうしても避けてしまう。

八坂神社でお参りをして、祇園を歩く。三年坂など趣のある路地が魅力的な場所だが、今となっては人混みが多すぎてる。深夜や早朝に行けば、空いている京都を満喫できるのだろうか…。

それでも、三年坂を超えた先にある清水寺からの景色は美しい。京都盆地を一望できる、この景色はどのような形であれ後世まで語り継がれて欲しい。

3岡崎公園

東山駅を降りて、北に歩くと巨大な鳥居が見えてくる。この鳥居の正体は平安神宮の鳥居である。平安と言う地名から平安時代の建築物と想像してしまいがちだが、明治時代の1895年に創建された割と新しめの神社である。東京に都が移って以来、京都は衰退の一途を辿っていた。そんな時に京都で博覧会が開催され、一大シンボルとしてこの平安神宮が創建された。今は無き、平安京の大内裏を模して作られた。その為、装飾や庭園も平安時代のものを意識してつくられている。

明治時代の京都を語る上で外せないのが、「琵琶湖疎水」だ。琵琶湖の水を京都市街と繋ぐプロジェクトは当時の日本としてもかなり大規模の工事だった。そんな琵琶湖疎水の歴史を感じれるおすすめのスポットが南禅寺だ。水道橋が境内の中を通過している様子は、中々にインパクトがある。サビれた赤レンガと新緑の組み合わせは今となっては画になる風景だが、当時はかなり反発されていたのだろう。

4出町柳

京阪電車の終点駅である「出町柳」は、同じ終点駅である「河原町」と比べると、どことなく、落ち着いた雰囲気の場所である。どちらかと言うと、観光ムードと言うよりはローカルな憩いの場と言った感じである。

出町柳と言えば、鴨川デルタだ。自分はこの場所の雰囲気が大好きで、特に意味もなく川を眺めながらボーっとする時間が京都観光の楽しみにもなっている。鴨川で黄昏ていると様々な音が聞こえてくる。川のせせらぎ、弾き語り、ランニングをする人、観光客の会話、この日常と非日常と言う二つの空間が重なり合うのが鴨川の魅力だと自分は思っている。

出町柳で是非食べたいのが、老舗和菓子店の「ふたば」。ここの豆餅がとにかく美味しい。しかし、塩大福を食べる為には大行列を並ばないと行けない。かく言う自分も早朝から並んでも、1時間弱かけてようやく買えた。餅の優しい食感、塩の絶妙な味付け。シンプルが故に、素材の味をふんだんに味わえる最高の一品。恐らく今まで食べた和菓子でも1,2を争うレベルに美味しかった。

さて、出町柳駅で降りたならもう一つ訪れたいのが「下鴨神社」。参道は糺の森と呼ばれる京都の原生林が残っており、平安時代から続く京都の自然を肌で感じる事ができる。

5洛北

出町柳駅から叡山電鉄に乗って更に北上すると、京都市の中でも特に山深い地域「洛北」へと入っていく。大都市から1時間もせずに、大自然を満喫できるのも京都の魅力である。

途中駅にある「一乗寺」は全国屈指の学生の街だ。沿線沿いには多くのラーメン屋があり、学生の日常を支えている。今では全国チェーン店では御馴染みの「天下一品」の総本店があるのもこの一乗寺である。総本店では限定メニューもあるので、この地域を訪れるなら是非食べてほしい。

出町柳駅から電車に揺られる事30分。終点の鞍馬駅に辿り着く。電車を降りて感じるのは圧倒的な空気の美味しさ。京都の奥座敷と言う呼び名は伊達でなく、夏場でも少しだけ涼しく感じる。

鞍馬寺は天狗ゆかりの地であり、駅前にも天狗の像が置かれている。鞍馬寺を訪れてる場合はちょっとした登山になる。山岳信仰で親しまれた場所なだけあって、生半可な気持ちでは行かない方が良い。本堂から見える山々は本当に神隠しにあったかのような神秘的な雰囲気である。是非登って、この景色を味わってほしい。

もう一つの洛北「大原」は美しい田園風景をとどめている地域だ。近江や若狭への通路でもあった為、国境を超えた交流も盛んだった。大原を代表する寺院であるのが、「三千院」。苔むした庭園などが手入れされていて、とても美しい。都心から離れてた場所なので、静寂な雰囲気も感じやすい。

6嵐山

嵐山は祇園と並んで京都を代表する観光地。嵐山は平安時代の貴族たちが別荘を設けられた事で発展した地域である。洛中からも比較的離れていた事もあって、多くの寺院が残っており平安期の京都の姿を残している。

嵐山と言えば、竹林が非常に有名である。400mにも渡って続く竹の風景はまるでおとぎ話の世界に迷い込んだようである。風が吹くと、笹の葉が揺れる音が聴こえきてとても風情を感じさせる。

渡月橋は桂川と嵐山のコントラストがとても美しい、歴史ある橋。名前の通り、昔の人々はここから月を眺めていたのだろうかと、想像が捗ってしまう。

そんな嵐山だが、変わらず人混みが凄い。紅葉シーズンになると交通規制も設けれて、身動きがとれない事も少なくない。

そんなわけで嵐山界隈は駅南側に観光地が密集しているが、駅北側に目を向けると駅南部ほど混雑はしておらず、嵯峨野の雰囲気をより堪能できる。

常寂光寺は、嵐山の麓にあるお寺で江戸期に創建された比較的新しい寺。秋になると、もうそれは美しい紅葉が堪能できる。山の麓にあるお寺なので、高低差の起伏があり、それが紅葉の美しさをより引き立てているのだ。正直言うと、大々的に宣伝するのも躊躇ってしまうぐらいである。

7山科

山科は、京都駅の隣にある謎の新快速駅としてよく知られている。東山を超えた先にあるこの街は「京都」であって「京都」ではないのだ。

山科駅自体はこじんまりとした駅で、観光都市である京都からはかけ離れた地方都市っぽさがある。ただ山科駅は湖西線,琵琶湖線の分岐点であり、京阪や地下鉄も合流する大ターミナル駅でもある。今回は地下鉄に乗って、山科区を代表するお寺まで行くとしよう。

山科駅から地下鉄で約10分、醍醐駅に着いた。ここから更に10分ほど歩いて「醍醐寺」へ向かう。醍醐寺は京都有数の花見の名所として有名である。晩年の豊臣秀吉がこの場所で花見をしたのはあまりにも有名だ。白壁や古風な建築と鮮やかなピンクの桜のコントラストはとても華やかである。日本を全てをわが物にした秀吉はどのような心境でこの花見を嗜んでいたのだろうか?。そんな醍醐寺だが花見の時期を避ければ立派に手入れされた庭園や現存する五重の塔を静かに楽しむ事ができる。どちらにも、その時にしか感じられない趣があるだろう。

8伏見

伏見も山科と同じく、京都感のない街である。伏見は安土桃山時代に秀吉によって城下町が築かれ、淀川水運の拠点として栄えた街である。その為、煌びやかな雰囲気と言うよりは武士たちの街の面影を感じさせる。水路沿いを歩くと、整備された木々の緑、水面に映る白壁など風情のある景色を味わえる。

そんな伏見は関西屈指の酒処である。中でも一大酒ブランドである「月桂冠」はこの伏見が発祥地であり、江戸時代からの歴史を誇っている。博物館ではお酒の飲み比べができるなど、酒好きには堪らない施設となっている。

そんな伏見は歴史の転換期を見届けた街でもあり、坂本龍馬が最期を遂げた寺田屋や鳥羽伏見の戦いの激戦地など、激動の時代を見届けた街とも言えよう。

9宇治

京都から電車に揺られる事約20分、列車は京都駅を離れ宇治駅に辿り着いた。

宇治は嵐山同様、平安貴族の別荘地として発展した地域。宇治橋から見える山々、川のせせらぎなど平安貴族も愛したのが頷ける風景が駅を降りて目の前にあるのはとても素晴らしい。源氏物語や響けユーフォニアムの舞台にもなったこの風景は時代を超えて親しまれてきた。

宇治を代表するお寺と言えば「平等院」。朱色を基調とした平安時代を代表する建築物で、晩年期の死を目前にした藤原道長が、極楽浄土に見立てて創建した。10円玉の裏側でお馴染みでこの風景にはそんな意味が込められていた。

10丹後

現在の京都は山城,丹波,丹後の三カ国で形成されており、その内人口の大半を占めるのが京都市を中心とする山城地域である。恐らく一度は京都を訪れた事があるよって言う人でも、丹波,丹後を訪れた事がある人は多くないかもしれない。

山城,丹波の国境に立ちはだかるのは、保津峡。ダイナミックな景観は保津川下りや、トロッコ鉄道などで観光客にも親しまれている。

保津峡を抜けると、丹波国に入る。亀岡市は、あの明智光秀が本能寺の変に向けて決起された場所で知られている。丹波一国は明智光秀の領土であり、福知山城などゆかりの地が多いので、明智光秀推しの方は是非、丹波国にある史跡を巡って欲しい。丹波より更に北上すると、丹後国へと入っていく。丹後最大の都市である舞鶴は城下町と軍港、二つの表情を見せる。西舞鶴にある田辺城は関ケ原の影で大激戦が繰り広げられた舞台。東舞鶴は明治以降に開港された軍港で、赤レンガ倉庫など明治期の面影を今に感じる事ができる。