最近の旅 (2026-5,6月)

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今回は鳥取旅。姫路駅から特急に乗り換えるのだが、今回はあえて「スーパーはくと」ではなく「はまかぜ」を選択して遠回りで行く事にした。

 

「はまかぜ」は山陰海岸を経由して鳥取へと向かう。

鎧駅や餘部鉄橋などから見える一瞬の絶景。これこそ鉄道旅の醍醐味。

 

鳥取駅はつい昨年に自動改札機が導入された。

徳島駅も近々導入されるらしく、県庁駅の有人駅が消滅の日が迫っている。

 

昼食に選んだのは、「すなば珈琲」。スタバをもじった事で有名な喫茶店だが、料理や珈琲のクオリティも素晴らしかった。珈琲は鳥取砂丘の砂で焙煎してるらしい。

 

ここからは路線バスに乗って、国府町へ。

この地域は古代因幡国の中心。長い歴史を誇る地域でまる。博物館では万葉集で多くの詩を残した大伴家持を中心に古代因幡国の歴史が紹介されていた。

 

国庁跡。

こじんまりとした広さだなって思ったけど、藤原京が大きすぎただけか…。

 

因幡国の一宮である宇部神社で参拝。あえて、鳥取砂丘などの定番ルートを回避しての観光だったけど、日常と非日常の境界線ぐらいの雰囲気を楽しめて良かったかも。

 

在来線に乘って敦賀へ。

兵庫県から乗換なしで福井県まで行けるの、控え目に言って凄くない?。乗車時間は約3時間で、終盤になると尻の痛みとの戦いになる。やっぱ特急や新幹線の快適性の素晴らしさを感じてしまう。

 

昼食は福井名物、「ヨーロッパ軒」のソースかつ丼。

創業100年以上のどことなくレトロな雰囲気の飲食店。丼に3枚のソースかつを載せたボリューム満点の一品であり、シンプルながらも病みつきになる味である。

 

敦賀は明治期に港が開港して以降、栄えた街の一つ。ウラジオストクの航路が結ばれるなど異国との交流が盛んな場所でもあった。

 

金ケ崎城は、織田,徳川VS浅井,朝倉の撤退戦で有名な城。

浅井長政裏切りの報を聞いた時の、信長の心情や如何に?。

 

金ケ崎城の裏手の道を先に進むと、敦賀湾が一望できる展望台まで行ける。

透き通るような青い海が遠い先まで見渡される。素晴らしい景色。

 

敦賀駅と敦賀港をかつて結んでいた線路。

廃線×夏は特にノスタルジーを感じさせる。夏の日差しに焦がれて。

 

敦賀駅は2024年に北陸新幹線が延伸したが、サンダーバードの乗換に時間を要する事や、大阪延伸が難航しているなど、問題が後を絶たない。

この先、北陸新幹線が延伸する事はあるのだろうか?

 

今回のならたびスタート地点は大和西大寺駅。

全国的にも有名な平面交差駅で、改札内には展望デッキからこの景色を眺めれるフードコートが存在するので、ここで昼食をとる事にした。

 

大和西大寺駅最寄りの名所と言えば「西大寺」。

その名の通り、東大寺と対を表す存在で、全盛期には東西に五重塔が創建されるなど、南都を代表する寺であったが、平安時代になると衰退し、建物の多くを失った。現存する建物の多くは、江戸時代以降に再建されたものである。

 

西大寺から更に西に歩くと、住宅地の中にひっそりと佇む神社へと辿り着いた。この神社は西大寺とも縁の深い場所であり、鎮守社でもある。

 

大和西大寺駅に再度乗車。西ノ京駅で下車して、唐招提寺へ。

唐招提寺は鑑真ともゆかりの深いお寺であり、修行の為の道場を開いたとされている。

 

境内は全体的に落ち着いた雰囲気。インバウンド客も殆ど居ない。

苔に射す光が何とも美しい。

 

続いて反対側にある薬師寺へ。

金堂に安置されている「薬師三尊像」は、中国やインドの世界観を踏襲しつつ独自の古典方式を完成させたものとして古代日本を代表する仏像彫刻として名高い。(※堂内は撮影禁止)

 

東塔は、奈良時代から現存している建物であり、歴史的価値が非常に高い。

江戸以前の塔としては6番目の高さを誇っている。

 

大和郡山城は羽柴秀長の居城であった事から、2026年大河の舞台として注目を集めており、観光客が比較的多かったように感じる。

そんな郡山城は天守の記録が残ってない事から、幻の天守と呼ばれていたが、2017年の発掘調査によって天守の存在が明らかになった。

 

郡山城天守台からは大和盆地の景色を見渡せた。

 

箱本館はかつて染物屋だった町屋をリノベーションした施設で、金魚や藍染に関する展示がされていた。金魚は江戸時代だと高級品だったらしい。

  

最後は郡山駅から約1,5km離れた所にある、「稗田環濠集落」へ。

その名の通り、周囲をお堀によって囲われた集落であり、この規模の環濠集落が良好な状態で残っているのは全国的に見ても珍しいんだとか。

 

集落の中心にある賣太神社にて参拝。

立派な神社と言い、集落と言うよりお城のような規模感。